昆虫だって、動物だって、本能的に暮らすために必要なもの、巢をつくる。
鳥は枝をあつめ、蜘蛛は自らの分泌物から巢をつくりだす。
ヒトは、機能が複雑な分、巢だけでなく様々なものをつくりだしてきた。
本能的に、より便利に暮らせるものを次々にうみだしてきた。
だからこそ、いまでも他のどんな産業よりも新しいものを
つくりだす企業が注目される。
iPhoneが毎度すごい話題をふりまくのも、暮らしの便利さと
密接な機械だからだ。
必要、便利、というだけだったら蜘蛛もヒトも同じだ。
ヒトが違うのは、ものに”たのしさ”を求めることだ。
(蜘蛛も楽しんでるのかもしれないけど)

20世紀はいわばその本能が集約化されてしまった時代だった。
高度な工業化によって、自分で考えたり作ったりするものよりも
だれかが作ったもの、誰かが創った”たのしさ”を買うほうが優位になってしまった。
それが当たり前になってきて、欲しいもの、欲しいたのしさについて
考えることが少なくなってきてしまってるのかもしれない。

でも、最近その風向きがほんの少しながら
変わりつつある。
だれかが決めたシアワセを盲信するのではなく、
それに疑問をいだいて、考える人がふえてきた。
一緒に仕事をしてきた Creema
Makers’ Baseが絶好調なのは
その証左だと思う。

僕が頻繁に通ってるポートランドが注目される理由、
それは日本では残念ながらこれまでの消費的流行の繰り返し、
つまりオシャレなもの、新しいものが集う場所としての表面ばかり編集されがちだけど、
アメリカ国内でのポートランドブームの理由は、その独特の価値観にある。
そもそも家もクルマも自分で直してしまう人がアメリカ人には多く、
DIY能力は驚くほど高い。そのなかにあってポートランドはひときわ
新しい価値、古い価値の掘り起こしについて群を抜いてるのだ。
幸せの尺度は自分で決める、欲しいものは自分で考える、そしてそれを自ら作る人が多い。
結果として他のどんなアメリカの街ともちがう街になっている。
Keep Portland Weird、「ポートランドをヘンテコなままに」というのが街のスローガンだ。

先週末から開催している小屋展示場のコンセプトの根源は
そのあたりにあったりする。
暮らす場の考え方、もっと自由でいいんじゃないか、って。
14棟の小屋の出展の基準は10㎡未満であること。
つまり、暮らすには小さいし、物置としてはぜいたく。
既存の価値観では対して役にたたないけど、なんだか
可能性を感じるものについて考えることで、いま一度
暮らす場所について自由に考えてもらいたいという思いがある。

家づくりはいつからか、なんとも自由でなくなってしまっている。
家をえらぶ主な基準は家計の経済状況と見通し、
家族の人数、保管したいモノの量。
条件を狭める要素は多すぎて、
つまり子どもの頃に思い描いた理想の秘密基地とは
ずっと遠いものになってしまいがち。

むかし思い描いた秘密基地のような小屋があつまった
小屋展示場の会場には初日だけで1000人以上の方に来ていただいた。

その場は、大人も子どもも、子どもの笑顔だった。

例によって、例のごとく面白い企画は
とってもスピーディに進む。
今回も信じられないくらいのスピードで実現にこぎつけた。
この奇跡的な場の実現にはとても多くの方の
すばらしい働きが欠かせなかった。
とてつもない実行力と多大な理解をしていただいた
主催のスミカさんはじめ、出展者や協賛のみなさん、
表に名前のでていないみなさん、本当にありがとうございます!
そして、たくさんの汗やちょっとの涙を流してがんばった
バウムのみんな、おつかれさま!

cpt 2014-10-05 8.56.36

開催は13日まで。
まだ来場してない皆さん、小さい家がならんでるだけの
イベントと思ったら大間違い。
たくさんのプロの大人たちが童心にかえって
考えた、とんでもない秘密基地が並ぶ場所。
そんな時間、なかなか過ごせないはず!